无浪潮中心

ノー・ウェイブやインダストリアル、その他

1.Gaznevada『Sick Soundtrack』

 こんばんは。

 

 

 

 

前回ノー・ウェイブというムーブメントについてご紹介しましたが、

 

実は同時代のイタリアでもItalian Records(イタリアン・レコーズ)という音楽レーベルを中心にニュー/ノー・ウェイブのブームが起きていました。

 

今回はその代表的アーティスト、Gaznevada(ガズ・ネヴァダ)をご紹介します。

 

 

 

 

 Gaznevadaは1980年代のイタリア、ボローニャを中心に活動し、初期はパンク、ニュー・ウェイブ、中期以降はディスコミュージックへと傾倒していったバンドです。

 

ディスコ時代の名作「I.C. Love Affair」は寺田創さんの楽曲「Shake Yours」の元ネタでもあり、こちらは知っている方も少なく無いはず。

 

イタロ・ウェイブ/イタロ・ディスコとして紹介されるバンドではありますが、作品により音楽性は大きく異なり、セカンドアルバム『Sick Soundtrack』にはThrobbing Grstle的なサウンドの楽曲も収録されています。

 

実際、私がGaznevadaに出会ったのもインダストリアル・ミュージックを掘っている時だったかと思います。

 

 

 

 

 

さて、今回は結成から中心メンバーGiorgio Lavagna(ジョルジオ・ラヴァーニャ)が脱退する1982年頃までのGaznevadaについてお話ししたいと思います。

 

1977年、”Centro d‘Urlo Metropolitanio”の名で結成後、『Sarabanda』をリリースします。

 

初期はオリジナルだけでなくラモーンズなどのカバー曲を演奏していました。(『Gaznevada』収録曲「Mamma dammi la Benza」はCentro d’Urlo Metropolitanio時代の楽曲です)

 

そうした中プロデューサー兼イタリアン・レコーズの設立者Oderso Rubiniと出会い、グループ名を「Gaznevada」に改名後、1979年にアルバム『Gaznevada』をリリース。

 

レイモンド・チャンドラーの小説『ネバダ・ガス』(=ネバダ州で使用された処刑用シアン化ガス)が由来となっています。

 

ちなみに「Gaz Nevada」という表記をたまに見かけますが、正確には「Gaznevada」だそうです。*1

 

彼等のサウンドメイクは「ノアール・ジャンル」(≠暗黒小説)やSF作品などの奇妙で暴力的な世界観に影響を受けており、『Gaznevada』収録曲「Nevada Gaz」はアンソニー・バージェスの作品や安部公房の『R62号の発明』なんかを思わせるディストピアっぷりです。

 

 

 

 

『Gaznevada』発表の翌年、脱退したベーシストGianpietro Huber(ジャンピエトロ・フ―バー)に代わりMarco Bonjovanni(マルコ・ボンジョヴァンニ)を迎え、セカンドアルバム『Sick Soundtrack』がリリースされます。(ジャンピエトロ・フーバーは後にThe Stupid Setを結成します)

 

Sick Soundtrack』では電子ドラムやシンセを多用するようになり、前作の世界観は残しながらも、リズミカルかつ奇奇怪怪なニュー・ウェイブ・ミュージックへと進化を遂げました。

 

収録曲の「Japanese Girl」は2002年公開のイタリア人画家/漫画家アンドレア・パツィエンツァの伝記映画『PAZ!』のサウンドトラックとして用いられたことから、知名度の高い楽曲の1つかと思います。

 

また『Japanese Girl』はジョン・ケージの影響からアコースティックのピアノが用いられたとイギリスのカルチャー誌『Hero Magazine』のインタビューの中で明かされています。*2

 

Sick Soundtrack』は40周年を記念して2020年にリマスター版LPを発売しています。

 

ジャケットデザインはラヴァ―ニャによるものらしく、日本のグラフィックデザインを意識して作られたんだとか。*3

 

 

 

 

話を戻しまして、

 

1981年、シングル『Dressed to Kill』をリリース。

 

表題曲の「Dressed to Kill」は王道ポストパンクのような楽曲ですが、セカンドや「Nevada Gaz」が好きな方からすると少し物足りないかもしれません…...

 

この頃彼らはライブ活動を積極的に行っており、フェスではBauhausDNAなどと 共演しています。

 

しかしそんな中、音楽性の違いからラヴァ―ニャは脱退してしまいます。

 

ラヴァ―ニャは脱退後The Stupid Setに加入、Gaznevadaは「I.C. Love Affair」をリリースしディスコミュージックへと傾倒していきますが、そのお話はまた今度。 

 

 

 

 

70年以降のボローニャではGaznevadaをはじめとする多くの実験的パンク/ロックが存在します。

 

この背景として、ボローニャ大学でのDAMS(アート、音楽、娯楽専攻)学位コースの創設がしばしば語られます。

 

1971年、イタリア国内初のアート/エンタメ専門学科としてDAMS学位コースがボローニャ大学で設立されました。

 

結果、ボローニャには音楽活動をする若者が集うようになり、70年代以降シンセミュージックやエクスペリメンタル色の強い楽曲がこの都市で多く生まれました。

 

(イタリアのロックといってプログレを思い浮かべる方は非常に多いかと思いますが、残念ながら当時のボローニャで生まれたプログレバンドを私は存じません。おすすめがありましたら是非教えてください。)

 

そうした潮流の中、NYのノー・ウェイブシーンから影響を受ける者も多く、ガズ・ネヴァダの兄弟分にもあたるConfusional Qualtetや、Band AidHi-Fi Brosもその1つです。

 

 

 

 

しかしこうしたブームにも若者を中心とするヘロインの蔓延という負の側面がありました。

 

『Gaznevada』に収録されている「Nevada Gaz」や、セカンドアルバム『Sick Soundtrack』収録曲「Shock Antistatico」、「Going Underground」などの様に攻撃的かつ頽廃的なそのサウンドはヘロインの影響であったとRubiniは後のインタビューで述べています。 

 

 

 

 

前回お話ししました画家のジャン=ミッシェル・バスキアはヘロインのオーバードーズで亡くなっています。

 

彼のバンドGrayの『Shades of...』収録曲「Dan Asher」はGaz Nevadaの楽曲と同様ヘロイン特有の攻撃性を含んでいるように感じます。

 

バスキアは師であり友人であったアンディ・ウォーホルの死を受けヘロインの過剰接種を始めたと言われていますが、彼は80年当初より創作活動の中でヘロインを用いていたのではないか、と私は考えています。

  

 

 

だいぶ脱線してしまいました。 

 

イタリアにはまだまだ面白いアーティストたちがいるので、今後もご紹介させていただこうかと思います。

 

最後に彼らの代表曲を2曲。ファーストから「Nevada Gaz」とセカンドから「Japanese Girl」。それでは、また。

youtu.be

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〇今日のアーティスト

Band Aid

・Bauhaus

・Confusional Quartet

DNA(アート・リンゼイ)

・Gaznevada(ジョルジオ・ラヴァ―ニャ/マルコ・ボンジョヴァンニ/ジャンピエトロ・ハバー)

・Gray(ジャン=ミッシェル・バスキア)

・Hi-Fi Bros

John Cage

・Oderso Rubini

Ramones

・The Stupid Set

・Throbbing Grstle

寺田創